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4浪したけど医学部

しょーごです。アホなほどいろいろやる医学生のブログです。ヒッチハイク、東南アジアをまわったりも。もっと挑戦していきます。

ぼくに厨二病を患わせた発展途上で働く医師、吉岡秀人

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 引用:http://news.walkerplus.com/article/13178/image45936.html

 

1.厨二病を患った原因は、発展途上で働く小児科医吉岡先生の著書だった

 こんにちは!しょーごです。皆さん、中学生、高校生のときなどに発展途上の困っている子どもたちを助けたいと思ったことはありませんか?ぼくも思っていました。いや、今も思っていますw 

 高校生の時に、発展途上で働く医師の本を読んで、ぼくもそんな医師になりたいと思い、高校3年生途中から受験勉強をし始めました(遅いわw)。現役では全くもって受かる気配無しwしかし、猛勉強の末、高校卒業して4年後、無事医学部に受かりました。

 今回紹介したいのは高校生の時に読んだ本の著者。というのも、ぼく、時々知り合いに「お前意味分からん」とか言われたりするんです。また、今でも発展途上の困っている人を助けたいという思いがあり、この間アジアをバックパッカーとしてまわったんですよ。そう、ぼくはめちゃくちゃ重い厨二病をこじらせているんです。その原因は、言わずもがなこの著者のせいだ!彼の名前は吉岡秀人!

 

死にゆく子どもを救え―途上国医療現場の日記

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shogomedical.hatenablog.com

 

2.吉岡先生の経歴

特定非営利活動法人ジャパンハート代表。大分大学医学部卒業後、大阪、神奈川の緊急病院などで勤務後、1995年から1997年までミャンマーで活動。その後、岡山病院小児外科、川崎医科大学小児外科講師などを経て、2003年から再びミャンマーで医療活動を再開。2004年、国際医療ボランティア団体ジャパンハートを設立。ミャンマー、カンボジア、ラオス、インドネシア、フィリピン、日本で医療支援活動を行う。情熱大陸で異例の3回出演。

(Wikipedia抜粋)

 

めちゃすごくないですか!情熱大陸3回出演!そこかwなんかめちゃミーハーな感じがしますが、それほど吉岡先生方の活動が高い評価を受けているという証です。

 

 

3.吉岡先生の目指す「たとえ死んでも心が救われる医療」とは

吉岡先生について書きたいことは、ここに書ききれないほどあるんですが、先生の考えを1つ紹介しようと思います。

それは、「たとえ死んでも心が救われる医療」を作り出すことが大事なのではないか、というものです。生後間もないがすでに難病を患っていた赤ちゃんを先生が診た時のお話があるんですが、これを読むと、吉岡先生が考える「たとえ死んでも救われる医療」がどういうものか分かると思います。

この赤ちゃんが、生まれてからすぐに口の中に塊ができてきて、だんだんミルクが飲めなくなるんですね、口から飛び出してきたから。それで親が「ミルク飲めません」と言ってやって来たんです。僕は子どもの専門家なので、これを見た瞬間にどういう病気なのか朧気ながら察しがつくんですね。

 

この赤ちゃんは生まれて28日ですけど、ミルク飲めてないんで、お腹空かせてチュッチュチュッチュやってるんですよ、口を。母親はおっぱいがどんどんたまってきますから、おっぱいが張って痛くなってくるんですね。でももう、こういう国では癌はほとんど全滅しますから、ほとんど死にますから。もう何もせずに家に帰すかどうかだったんです。

 

だけど、僕はあることを決心するんですね。それは何かというと、人間というのはですね、恐らくいい記憶しか自分の中に選択的に残さない癖があるんですね。本当に辛い記憶というのは自分の中から消し去るんですよ。だから例えば、トラウマの記憶というのは、本当に自分が例えば親にすごい虐待を受けたと。すごい虐待を受けた記憶というのは、その人の中では消し去られるんですね。脳の深いところに沈むんです。脳幹の深いところに沈んでいってわからなくなるんです。まったく思い出せなくなる。

 

だけど何か、例えばお父さんに非常に虐待を受けた人だったら、男の人と2人でいたら非常に心臓がドキドキするとか、息苦しくなるとか、めまいがするとか、汗がどんどん出てくるとか、そういうふうな症状になって表れるんですけど、本人には原因がよくわからないんですよね。

 

それと同じように、もしこの子が家族にとって、本当にこの子の死というものが辛い記憶だった場合はですね、家族からこの子は、悪くなった時点から死ぬまでの記憶がなくなっちゃうんです。せっかく頑張って3ヵ月長く生きた、6ヵ月長く生きたといったってなくなるんですね。思い出してもらえないんです、辛いから。

 

ですけど、その中にたとえ一時でもいいから、例えば1日でも2日でもいいから、本当にいい記憶が、楽しい記憶が張り付いていると、この子が亡くなった後も、親というのはそこだけ取り出して思い出すことができるんです。それはすなわち、この子がその時間をちゃんと生きていましたよと、兄弟とか親に思い出してもらえるということですね。それはこの子がこの世に生きた証になりますよね。

 

だから僕は、この家族に、この母親に、この子の生きた記憶を張り付けておきたかった。それで何をしたかというとですね、どうせ再発するとわかっていたんですけど手術をしたんです。この口の中にできた腫瘍をかじり取ったんです、麻酔して。そうすると、翌々日くらいの写真ですけど、子どもは再びミルクを飲み始めました。

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お母さんはおっぱいを子どもに与えることができるようになっています。だけどどうせ近い将来同じようになって、多分亡くなると思う。だけど、母親はきっとこう思ってくれるだろうと。「この子は悪くなった。でも日本の医者が来ていて、その医者が手術をしてくれた。そして1回だけよくなっておっぱいを思いっきり吸ってくれて、そしてお腹がいっぱいになってスヤスヤと眠ってくれた」と。

その時の赤ちゃんの表情とか、だっこしている時の感覚とか、それが母親の中に残っていくんですよ。そしたら、5年後だって10年後だって、この母親は満足して子どもがおっぱいをいっぱい飲んでスヤスヤと眠ってくれる表情とか、手の感覚を思い出してくれる。だから、子どもには気の毒だったんですけど、僕は手術をしたんですよね。

 引用:http://logmi.jp/4842

 

とあります。正直なところ、現代の医療は効率性が求められているため、このような考え方は少々異質なものです。国際医療の現場だと尚更です。だって、この子1人を助けるために費やした時間、費用で10人が助かったとしたら、果たして、吉岡先生のとった行動が正しいといえますか?

でも、ぼくはこの考え方が好きだし、行動をしている吉岡先生は素晴らしいと思います。なぜなら、現代医療は、効率化を意識しすぎるあまり、医療本来の目的である本当に困っている人を助けるのではなく、切り捨てるという事態に陥ってしまっているからです

吉岡先生のような医師がもう少し日本にいてもいいと思います。というのも、地方では住んでいる人が少なく、どうしても地域医療は効率が悪くなります。だから、地方は切り捨てられていき、現在のように問題が山積みになってしまっているんです。

 

ぼくも吉岡先生のように単に効率を考えるのではなく、一人ひとりの生命の質を高められる医師になりたいなぁーと思ってます。

 あと、ジャパンハートで国際医療研修やっていて、誰でも参加できるんで、もし、興味があれば参加してみて下さい。ぼくも行ってきました。またこれについては記事にできたらと思います。

 

しょーご

 

 

吉岡先生ブログやってますよ。

japanheart.exblog.jp

 

先生の著書は読みやすくて、医療従事者じゃなくても全然大丈夫ですよ。めちゃくちゃ熱いです。オススメを載せておきますね。

 

命を燃やせ いま、世界はあなたの勇気を待っている

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